もし今「大谷さんは何をしている人なのですか?」と聞かれたら、私は「自分はアスレティックトレーナーです」と答えます。
でも、「そんな簡単に言い表せないよな」という部分もあります。
今まで、私は以下のような資格を取得してきました。
(各項目をクリックすると詳しく説明した投稿をご覧になれます)
私は理学療法士として12年間勤務した整形外科医院を退職し、今はスポーツ現場でアスレティックトレーナーとして活動しています。
今回は、今まで取り上げてきた自身の保有資格の背景を踏まえて「大谷さんは何をしている人なのですか?」という問いに対して、自分のスポーツ現場におけるスタンスについて考えていきたいと思います。
日本においてATに関する用語である「リハビリテーション」「アスレティックリハビリテーション」「コンディショニング」「リコンディショニング」という言葉は定義が曖昧であり、混同されて使用されているように感じます。
今回の投稿内容は、JSPO-ATを代表した立場での内容ではなく、あくまで「私はATとしてどのようなスタンスでスポーツ現場に臨んでいるのか」という大谷個人の考えを述べています。
ATの役割(スポーツ傷害からの復帰の場合)
私が取得した日本スポーツ協会アスレティックトレーナー(以下、JSPO-AT)の役割は以下のように多岐に渡ります。
・スポーツ外傷・障害の予防
山本利春,日本体育協会アスレティックトレーナーの役割,公認アスレティックトレーナー専門科目テキスト1,p29,公益財団法人 日本体育協会,2017.
・スポーツ現場における応急処置
・アスレティックリハビリテーション
・コンディショニング
・測定と評価
・健康管理と組織運営
・教育的指導
このようにJSPO-ATは幅広い役割を持っています。
JSPO-ATはアメリカのAT資格であるBOC-ATCの資格制度を参考にして制定されました。
そして、BOC-ATCがアメリカでは医療従事者として認められている事を踏まえると、JSPO-ATも同様に医療的な面に重きを置いた資格だと私は考えています。
そこで、アスリートがスポーツ傷害に陥ってから、スポーツ現場に復帰するまでの流れを元にして、JSPO-ATの役割を説明していきたいと思います。
受傷直後~応急処置
スポーツ傷害の受傷直後、現場にいるATの大きな役割は応急処置です。
JSPO-ATは医療従事者ではないので、然るべき応急処置を実施した後は速やかに医療機関へ引き継ぎをします。
しかし、スポーツ現場でアクシデントが起こったら、何でもかんでも救急車を呼べば良い、という訳でもありません。
・生命に関わる緊急を要する事態なのか?
→問題なさそうでも、見逃しがちな危険な兆候であるRedFlagに注意する
・そもそも医療機関への引継ぎが必要なのか?
→現場での経過観察で問題ないのか?どのような環境で経過観察するのか?
・どのような種類の医療機関へ引き継ぐ必要があるのか?
→診療科・救急病院の選定
・どのような搬送方法で引き継ぐのか?
・いつ医療機関へ引き継ぐのか?
→経過観察の場合でも「どのような兆候がみられたら医療機関を受診すべきか」きちんと情報を提示する
応急処置の内容はもちろんの事、医療機関への引継ぎに関しても上記以外に考える事は山ほどあります。
また、現場で正しい判断を下すためには、ATの役割である「測定と評価」が重要であることも、この流れから分かるかと思います。
メディカルリハビリテーション~アスレティックリハビリテーション
医療機関では、医師の診断を元にリハビリテーションが実施されます。
ここでメディカルリハビリテーションという言葉が出てきます。
JSPO-ATの役割にある「アスレティックリハビリテーション」、その前段階は「メディカルリハビリテーション」と呼ばれます。
上記2つの違いに関して、JSPO-ATの教本では以下のように説明されています。
社会復帰までのリハビリテーションをmedical rehabilitation としこれに対比する意味で競技者のスポーツ復帰のためのリハビリテーションをathletic rehabilitation と呼んでいる.
福林 徹,アスレティックリハビリテーション,公認アスレティックトレーナー専門科目テキスト7,p2,公益財団法人 日本体育協会,2017.
申し訳ありませんが、社会復帰とスポーツ復帰を同じ目線で対比する部分を私は上手く読み解く事が出来ませんでした。
前後の文章を読み進めると、両者は実際のところ重なる部分もあり、下のようなイメージだと思われます。
両者の区切りが明確でない以上、ATがメディカルリハビリに関わってはいけない。という事ではないと私は思います。
しかし、スポーツ傷害が発生してATとして医療機関に引き継いだ以上
・医師による診断・治療(手術など)
・理学療法士による「医師の診療の補助としてのリハビリテーション」
・その他(服薬・入院治療など)
「医療従事者でないと実施できない対応がある」という事を念頭に置いて、医療従事者の方々と連携を取らなくてはいけないと思います。
この辺りは、ATの役割の1つである「組織運営」にも繋がっていきます。
スポーツ復帰~コンディショニング
アスリートがスポーツ復帰を果たしても、ATとしての関わりは続きます。
傷害予防や更なるパフォーマンスの向上を目指して「コンディショニング」に臨んでいきます。
この段階では、競技コーチやS&Cコーチの役割が大きくなってくると思います。
リコンディショニングとは?
私がJSPO-ATの養成講習会を受講した2017年当時は上記のように「アスレティックリハビリテーション」がATの役割の1つとされていました。
そして、2022年1月27日にJSPO-ATのカリキュラム改訂に関する情報が公開されました。
そして、改訂のポイントとしてATの役割が以下のように説明されています。
JSPO-AT は、1)スポーツ活動中の外傷・障害予防、2)コンディショニングやリコンディショニング、3)安全と健康管理 、および4)医療資格者へ引き継ぐまでの救急対応という4つの役割に関する知識と実践する能力を活用し、 スポーツをする人の安全と安心を確保したうえで、パフォーマンスの回復や向上を支援する指導者です。
ATカリキュラムの改訂について,日本スポーツ協会(2022年2月11日参照)
https://www.japan-sports.or.jp/coach/tabid1344.html
私はJSPO-ATの養成に関わる立場ではないので、カリキュラム改定の詳しい内容を把握している訳ではありません。
しかし、前カリキュラムと比べるとATの役割からアスレティックリハビリテーションという用語が抜けています。
(ちなみに「測定と評価」「組織運営」「教育的指導」という用語もなくなっていますが、AT業務の大意に変わりはないと思います)
そして、新たに「リコンディショニング」という用語が加わっています。
リコンディショニングとは、どういう役割なのでしょうか?
JSPO-ATの養成課程のシラバスなどを確認しましたが、リコンディショニングに関する明確な定義を見つける事が出来ませんでした。
とりあえず、大谷が個人的に参考にしている「リコンディショニング」に対する考え方は以下の内容です。
様々な要因(外傷・障害、疾病 、疲労、手術など)によって低下した身体機能、体力、体調およびパフォーマンスを最大限まで向上させ、試合(競技)復帰することを目的とした行為や行動からなるプロセス
用語解説リコンディショニング,日本アスレティックトレーニング学会(2022年2月11日参照)
(ー中略ー)
リコンディショニングはリハビリテーションの一つのフェイズと捉える場合やリハビリテーションと同義で用いられることもあります
(ー中略ー)
本邦において、リコンディショニングは、スポーツ活動を継続しながらも身体に何らかの不具合を有してスポーツ活動に制約がある者を対象とするという点に特徴があります。
https://js-at.jp/info/glossary_info?ginfo=5
リハビリのように「傷害や疾病など」による身体機能の低下に対応するので、リコンディショニングとリハビリは重なる部分が大いにあります。
スポーツ選手に対する行為、という点から医療におけるリハビリテーションと区別したのかと思います。
また、リコンディショニングはスポーツ現場に特有な「疲労」に対するアプローチが含まれています。
スポーツ選手が「疲労を解消する」ために病院に来ることは稀でしょうから苦笑
ここもリコンディショニングの特徴ではないかと個人的に考えています。
リコンディショニングに関して、私は上記のようにイメージしています。
こちらの方がシンプルで考えを整理しやすいですが、この考え方がJSPO-ATの新カリキュラムの定義と合うのかは不明です。
今後JSPO-ATの新カリキュラムの中で、リコンディショニングがどのように扱われていくのか情報収集をしていきたいと思います。
ATの専門性 アスリートに関わるチームの中で
ATとしての役割は非常に多岐に渡ります。しかし、実際には上記の役割をATだけが担っている訳ではありません。
アスリートのスポーツ傷害に対して、関わる可能性のある人間を書き足してみました。
もちろん、これだけではないでしょうが、多くの人間が関わる可能性があります。
これらの人間が1つのチームとして関わる状態において、ATが担うべき仕事は何でしょうか?
場合によっては、現場での「救急処置・応急処置」現場での「アスレティックリハビリテーション」という考えに至るかもしれません。
それぞれのスタッフの専門性を踏まえた時に、ATとして「自分ができる」分野だとしても、そこに信頼できる専門家がいるのであれば仕事を任せるべきです。
そして、自分はATとして現場に足りない部分を補うような動きをする必要があると思います。
しかし、ここまで恵まれた環境にいるアスリートは多くはありません。
一方、上のような状況の場合はどうでしょうか?
・アスリートが受診できる医療機関は医師の診察のみ(リハビリがない)
・部活の顧問はいるものの、専門的にコーチングや競技を学んできた訳では無い
特に中高生のスポーツの現場では良くみられる光景です。
しかし、このようなアスリートにATとして関わらなくてはいけない状況であれば「ATの役割の範疇」に関しては、責任もって対応すべきだと思います。
上記のケースだとかなり幅広い対応をしないといけないはずです。
もちろん、ATが自分の力量を超えて選手を抱え込むような事が無いように、AT自身が様々なスポーツに関わる専門家との繋がりを構築していく必要があると思います。
しかし、多くの場合はアスリートを取り巻く環境によって、ATの担う役割は変化していくと私は考えています。
ATは、他のスタッフと比べて幅広い役割を持つ分、「環境に合わせて柔軟に動く事ができる」と思います。
Specialist としてのAT
環境に合わせて役割が変わるとはどのような事なのか、もう少し具体的な例として2020東京オリンピックでのATの関わりをみてみたいと思います。
東京オリンピックの選手村内にある、医療機関(ポリクリニック)とフィットネスセンターを同じ建物内に設置されており以下のようにスタッフ毎の連携がなされていました。
アスリートが受傷した際には医療機関へ行き、ドクターの診察の下、PTの治療によって患部に対してアプローチがなされる。
鈴木岳,トータルコンディショニングサポートから見えたSCの可能性, NSCA JAPAN, Volume 29, Number 1, p16, 2022.
(ー中略ー)
しかし今大会の特徴はその先にあった。ポリクリニックとの連携から、我々トレーナーチームは、受傷した部位に関連する部位へのエクササイズアプローチによって患部の症状の軽減および予防のサポートに関する取り組みを行なうことができた。
ポリクリニック(PT主導による物療や患部治療)→フィットネスセンター(AT主導による動作アセスメントと改善エクササイズ→SC主導による出力向上のためのエクササイズ)というシームレスな連携サポート
伊藤良彦, FCOCの具体的な活動, NSCA JAPAN, Volume 29, Number 1, p18-19, 2022.
上記のように、医師(Dr.)・理学療法士(PT)・アスレティックトレーナー(AT)・ストレングスコーチ(SC)が各々の役割を分担しアスリートのサポートに臨んでいたようです。
非常にシンプルに説明されていますが、各専門職の職域を踏まえた素晴らしい役割分担と連携だと思います。
また、私自身も東京オリンピックは陸上競技の現場に救護スタッフとして関わりました。
この場において、私はATやPT, CSCSの資格を持っていましたが「会場の救護活動に専念する」という役割を担っていました。
このような現場では、ATはもちろん各種スタッフが自分の専門分野を貫くSpecialistとして働く事が出来るはずです。
また、そうあるべきだと私は考えます。
しかし、このような連携は、同一施設内に医療設備とトレーニング設備が整っているというハード面の条件はもちろん
各種専門家が揃っているソフト面の両方が整っているオリンピックの現場ならではの環境だと思います。
Generalist としてのAT
私はATとしてGeneralistでありたい。と考えています。
スポーツ分野における様々なスタッフとともにアスリートに関わる環境であれば、ATがSpecialistとして働く事が理想的だと思います。
しかし、全てのアスリートやATがそのような環境に身を置いている訳ではありあせん。
今まで私は、ATとして主に佐賀県の陸上競技に関わる活動をしてきました。
私の住んでいる佐賀県の2020年度における日本スポーツ協会の公認指導者人数は以下の通りです。
https://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data/20201001_tourokusha_pref.pdf(2022年2月12日参照)
https://www.jaaf.or.jp/files/upload/202102/03_152311.pdf(2022年2月12日参照)
・陸上競技公認コーチ:61名(全国平均114名)
・アスレティックトレーナー:24名(全国平均92名)
・スポーツドクター :60名(全国平均137名)
・スポーツデンティスト:6名(全国平均12名)
・スポーツ栄養士 : 2名(全国平均9名)
S&Cに関わるCSCS等、他の資格保有者数に関しては調べる事が出来ませんでした。
日本スポーツ協会の公認資格を持っているからといって、必ずしも指導者として高い能力を持って現場活動に励んでいるとは限りません。
また、公認資格を持っていなくても現場で素晴らしい活動を行っている方々は大勢いらっしゃいます。
各都道府県の人口比率なども考えると、単純な話ではない事を前提に置かなくてはいけません。
しかし、私自身の現場感を踏まえると「私が身を置く環境はまだまだアスリートをサポートする人間が少ない」という現状です。
そのような環境において、私はATとして「スポーツ現場に必要とされる事は何でもやっていこう」と思って活動してきました。
・国民体育大会における県選手団のサポート
・専属のコーチやサポートスタッフがいて、国内上位を目指す様な選手のサポート
・県内の中高生のサポート
・小学生がスポーツに触れるきっかけ作り
・陸上競技の指導者に対するスポーツ医学の啓蒙活動
・県内の競技大会における救護活動
その時々で求められる役割は様々でしたが、自分に出来る限りの事をやってきました。
また、自分のやってきた事をJSPO-ATの役割と照らし合わせても、その範疇を逸脱はしていなかったと思っています。
自分自身の専門性
上記のように、私は「ATとしてGeneralistでありたい」と考えて活動してきました。
しかし、東京オリンピックに僅かながら関わる経験の中で、Specialist としてのATを目の当たりにしました。
その中で、「ATとしての私に専門性はあるのだろうか?」と考えさせられました。
もっと大きく言えば、「スポーツに携わる大谷遼とは、どうゆう人間なのか」と考えさせられました。
このブログを立ち上げて「自分の人生を整理してみよう」と決意した背景には、自分のアイデンティティを確立したかった部分もあったのだと思います。
ここまで、複数回の投稿に渡って自分自身の事を振り返ってきました。
そして、文章を書き連ねる中で整理できた「大谷さんは何をしている人なのですか?」という問いに対する私の答えは以下の通りです。
医学的知識と技術を持ったATとして「根拠に基づいた実践」を行う事
今までの投稿の総まとめみたいな一文ですし、特に目新しさもありません苦笑
でも、これで良いと思います。
私はATとしてGeneralist でありたいと思っています。幅広いATの役割を全うしたいと考えています。
しかし、「根拠に基づいた実践」が行えない分野には手を出しません。(というか手を出せません)
医療の分野に関しては、理学療法士として大学院での学びを踏まえ「根拠に基づいた実践」を行う努力をしてきました。
その部分に関しては、ATの役割において他の分野より自信を持っています。
私はコンディショニングの分野に関しては自分の仕事に「根拠を持てない」と考え、S&Cの勉強をしてCSCSを取得しました。
その上で、自分が「根拠に基づいて実践できる範囲で」コンディショニングの業務を行っています。
私は、アスリートに対する栄養指導を実施していません。十分な勉強をしておらず「根拠に基づいた実践」が出来ないからです。
少なくとも、現在は専門的に学ぶ予定はないので、栄養の分野に関しては専門家である栄養士の方を頼っています。
このような感じで、私の中では「ATはGeneralist であるべき」という考えと「根拠に基づいた実践を行うべき」という考えがあります。
その2つの考えの中で、上手くバランスをとっているのが今の私の専門性(Specialty)じゃないかな、と思います。
さいごに
最初に断わりの文書をいれましたが、JSPO-ATや今まで取得した資格についての情報を踏まえて
「スポーツ現場における大谷のスタンス」を整理してみました。
完全に個人的な内容で申し訳ありません苦笑
ただ、私自身は自分の頭の中を整理出来て良かったと思います。
あくまで、スポーツに関わる1個人の考えですが、ここまで読んで下さった皆様の心に、少しでも響くものがあれば幸いです。