以前、私が大学院に進んだのは「根拠に基づいた実践」について学ぶため、という話を投稿させて頂きました。(詳しくはこちら)
根拠に基づいた実践とは何なのか?実は先日投稿した運動時の筋痙攣への対応は、私なりに「根拠に基づいた実践」を行おうとして情報を整理した内容となっています。
今回は、この「根拠に基づいた実践」に関する考え方や情報を整理していこうと思います。
お時間のある方は、上記のリンクから以前の投稿を読んでいただけると理解が深まるかと思います。
根拠に基づいた実践とは?
古くから医療の現場では「根拠に基づいた医療(Evidence Based Medicine:EBM)」という考え方があります。
「根拠に基づいた医療」に関する第一人者で、オックスフォード大学エビデンスベース医学センターを設立したDavid L Sackettは次のように述べています
根拠に基づいた医療とは、個々の患者のケアに関する意思決定を行う際に、現在の最良のエビデンスを良心的に、明示的に、かつ慎重に用いることである。
David L Sackett, William M C Rosenberg, J A Muir Gray,et al. Editorials Evidence based medicine: what it is and what it isn't. BMJ 1996;312:71
根拠に基づいた医療の実践とは、個人の臨床的専門知識と体系的研究から得られる最良の臨床的エビデンスを統合することである。
ザックリいうと、患者さんの治療方針を決める際には、専門家の知識だけじゃなくて「研究から得られる情報(エビデンス)」を参考にて、思いやりを持った決断をしましょう。という事だと私は読み取っています。
この「根拠に基づいた医療(Evidence Based Medicine:EBM)」は医療の現場に関わらず重要な考え方です。
EBMをより広い概念で捉えたものが「根拠に基づいた実践(Evidence Based Practice:EBP)」という言葉になるので
EBMとEMPは、ほぼ同じ事を指すものだと私は考えています。
大谷個人としては、理学療法士として「根拠に基づいた医療」という考え方に触れ、アスレティックトレーナーとしてスポーツ現場でも「根拠に基づいた実践」を大事にしたいと考えています。
という訳で、ここから私が学んできた「根拠に基づいた医療(Evidence Based Medicine:EBM)」について述べていきたいと思います。
EBMにおける3つの要因
カナダの臨床医であるSharon E. Strausは、上で挙げたようなEMBの考え方に関して、更に以下のようなコメントをしています。
臨床医は常に、自らの臨床的専門知識と患者の価値観を、入手可能な最善のエビデンスと結びつける努力を続けてきた。
S E Straus, F A McAlister. Evidence-based medicine: a commentary on common criticisms. CMAJ. 2000 Oct 3;163(7):837-41.
この言葉を元にすると、EBMの考え方がクリアになってきます。以下に図示してみようと思います。
EMBとは、決してエビデンス(研究)だけで治療における意思決定をする訳ではありません。
・治療にあたる者の専門的な知識や技術
・治療を受ける患者の価値観
・最善の研究から得られるエビデンス
これら3つの要因を考慮しながら、最終的には「治療を受ける患者のために」治療方針を決定していきます。
先日の筋痙攣の投稿のケースを例に、具体的に説明させてもらいたいと思います。
私に相談を持ち掛けてくれたアスリートの抱える問題は「試合の際に筋痙攣が生じる」事です。
その問題に私がアスレティックトレーナーとして対応する場合、EBMの3要因を以下のように考えていきます。
治療にあたる者の専門的な知識や技術
私は理学療法士として、医学的な知識を有しています。また、「動作の問題点」に対し関節の可動域や筋力を改善させる事で、対応する技術を持っています。
またアスレティックトレーナーとして、トレーニング・ストレッチやテーピング等で選手のコンディションを向上させるための知識や技術を持っています。
しかし、医学的な処置(手術・投薬・注射)を行ったり、栄養に関する専門的なサポートを実施できる知識・技術(資格)を持ち合わせていません。
患者の価値観
相談を持ち掛けてくれたアスリートは、今まで管理栄養士の専門的なサポートを受けており、「水分補給や栄養補給に関して、やれるだけの事はやった」との事でした。
そこで私に対し「他に対処法はないだろうか?」という相談を持ち掛けてくれました。
その管理栄養士の方は、私自身も信頼を置いている方で、今までの取り組みを確認する限りは水分・栄養面からのアプローチは十分できているようでした。
さらに選手自身が「他の視点からのアプローチを求めている」事を踏まえれば、ここから私が自分の専門外である水分補給・栄養補給に関するアプローチを実施するのは得策でないばかりか、選手の価値観(求めているもの)とズレが生じてしまうかもしれません。
また、私はATとして予防の為にテーピングを実施する事もできます。選手自身もテーピングに対するネガティブな価値観は持っていません。
しかし、この選手が筋痙攣に見舞われるのは「大事な試合の時」です。
試合の時にテーピングを実施しても効果があるかどうかは「やってみないと分からない」部分が大きいです。
選手自身は「イチかバチか」の対処法ではなく、「日頃から取り組める」対処法を求めていました。
他にも「時間の問題」「費用の問題」など、様々な項目に関して相手の価値観を考慮していかなくてはいけません。
研究から得られるエビデンス
ここから、研究から得られるエビデンス(研究論文)について考えていきます。
まず大前提として「研究論文は膨大にある」事、そして「ほとんどの研究論文は英語でかかれている」という事を理解しなくてはいけません。
例えば、医学・生物学系の研究論文を検索できるデータベースであるPubMedで英語で筋痙攣を意味する「muscle cramps」という用語で検索をかけると30,253件の論文がヒットします。
・・・とてもじゃないが全てチェックなどできません苦笑
そして、このような学術論文のほとんどは英語によって書かれています。
学術論文の言語に関しては次のような情報が参考になるかと思います。
名古屋文理大学の佐野彦麿は、2002年に以下の様な報告を行った。
化学分野のデータベースであるChemical Abstractsのファイルを対象に、2000年から過去30年間の雑誌論文に用いられている主要言語を調べた。
英語で書かれた論文は1970年では全体の54.2%であったが、2000年には82.1%となっていた。
日本語で書かれた論文は1970年では全体の3.7%であったが、2000年には4.3%となっていた。
Sano H.Bibliometric survey of language use in scientific papers. 39th Annual Meet on Infor Sci Tech, B31: 107- 110, 2002.(論文要約)
シドニー大学のChristopher G Maherが2004年に理学療法の分野においてEBMの為に必要とされるエビデンスにアクセスするための課題についてまとめており、その中で以下のように言及している。
MEDLINEに掲載されているランダム化比較試験のうち、英語以外の言語によるものは約8%である。
※MEDLINE:米国立医学図書館 NLM (National Library of Medicine)が提供する医薬関連文献のデータベース
Christopher G Maher, Catherine Sherrington, Mark Elkins, et al. Challenges for evidence-based physical therapy: accessing and interpreting high-quality evidence on therapy. Phys Ther . 2004 Jul;84(7):644-54. (論文要約)
上記2つの研究は2000年代初頭の報告であり、「化学」「理学療法学」と限られた分野における話です。
現状は、上記の報告内容と多少異なると思われます。
しかし、現在様々な分野における学術論文は、ほぼ英語で書かれていると考えて良いと私は思います。
もちろん学術論文自体の質と言語は別の問題であり、英語で書かれている論文だから信用できる、という訳ではありません。
ただ、日本語で書かれた学術論文は「世界の情報のうち、ほんの僅かな情報」だと肝に銘じるべきだと私は思います。
さて、話を元に戻します。
「muscle cramps(筋痙攣)」という用語で検索できた3万件以上の文献たち、ここから必要な論文を選別していかなくてはいけません。
その時に、ここまで述べた2つの要因が重要になってきます。
・筋痙攣のメカニズムを大まかに確認したいな
・特に筋痙攣と運動・動作との関係を調べた論文はないかな
・医学的な処置(手術・投薬)に関する論文は必要ないな
・水分補給や栄養補給に関する論文は必要ないな
・予防の為のテーピングに関する論文は必要ないな
・予防の為のトレーニングに関する論文は無いだろうか
と、「治療にあたる者の専門的な知識や技術」「患者の価値観」を元にして検索するエビデンス(研究)の領域を絞っていきます。
膨大な検索結果を絞っていくテクニックは様々ありますし、100%の正解はないと私は考えています。
ただ、その背景に治療者側の立場や都合しかない場合は、得られる情報に偏りが生じてしまいます。
例)私はテーピングが得意だからテーピングで何とかしたい。
→「テーピングによる筋痙攣の予防効果」という研究を探そう!
→「テーピングの予防効果がある」という研究と「予防効果が認められない」という研究両方あるな
→とにかくテーピングしたいから「テーピングの予防効果がある」という論文だけ読んでおこう♪
このような偏りはバイアスと呼ばれます。(バイアスに関しては、折に触れまとめてみたいと思います)
バイアスは多かれ少なかれ生じてしまうものだと私は考えています。その上で、自分自身がどのようなバイアスに陥りやすいのか、自分がみている情報の裏にはどんなバイアスがあるのか、常に意識する事が重要だと思います。
上の例だって「テーピングに効果が認められない」研究内容を知る事で、テーピングの改善点が見つかって、最終的には予防効果を高める事に繋がるかもしれないので、偏りなく情報を集める事は非常に大切です。
EBMの手順
EBMの3つの要因について、ここまで例を挙げて説明してきました。この流れが、そのままEBMの手順と考える事ができます。
日本理学療法士学会では、EBMの手順に関して次のように言及しています。
EBMは、
EBMとは.日本理学療法士学会(2022年2月24日参照)
(1)患者の臨床問題や疑問点を明確にし、
(2)それに関する質の高い臨床研究の結果を効率よく検索し、
(3)検索した情報の内容を批判的に吟味し、
(4)その情報の患者への適用を検討し、
(5)(1)から(4)までのプロセスと患者への適用結果を評価する、
という一連の情報処理過程を通じて、個々の患者に最適な医療を提供することを目的とした行動様式です。
http://jspt.japanpt.or.jp/ebpt/ebpt_basic/ebpt01.html
それぞれ先ほどの筋痙攣の例を元に考えてみたいと思います。
問題や疑問点を明確にする
私が選手から受けた相談は「試合の際に筋痙攣が生じる」という内容です。Yahoo!知恵袋なら、そのまま検索をかけても情報を得られるかもしれません苦笑
しかり、エビデンス(学術論文)を検索する為には、もう少し的を絞った内容にしていかなくてはいけません。
そこで、上記で説明したように「専門的な知識や技術」「患者の価値観」などを踏まえて、筋痙攣に対する問題点や疑問点を明確にしていきます。
ちなみに最終的に私が的を絞った内容は
・筋痙攣に関する総論(大まかな全体像)
・運動時における筋痙攣の原因
・筋痙攣を予防する為のトレーニング
このようなポイントに的を絞って疑問点を整理していきました。
質の高い研究の検索
質の高い研究という話題に関しては、私は簡単には説明できません。私自身は大学院の修士課程を通して、研究の世界に一歩足を踏み入れましたが、広く奥深い研究の世界の一端に触れた程度です。
とてもじゃないが研究について偉そうに質をどうこう語る事の出来る立場ではありません。
しかし、そんなことばかりも言ってられません。場合によっては数万にも及ぶ研究論文を一から全て読み漁っていくわけにはいかないので、出来る限り質が高く「アテになる」論文を探す必要があります。
質の高い研究を検索するポイントはいくつかあります。
・どのような研究のデザインなのか?
→研究の手法自体が根拠の認められている手法をとっているかどうか。
・どこの論文なのか?
→多くの人に認められ信頼できる出版社(雑誌)の論文かどうか
・誰が書いた論文なのか?
→著者の所属、その研究分野における今までの研究内容など
・引用に関して
→論文中で適切な引用が行われているか?また、その論文自体が他の研究者に引用されているのか?
それぞれの詳しい方法や手段は、折に触れまとめていこうと思います。
上記の内容をチェックする事で、「ある程度」研究の質は確認できるかもしれません。しかし、実際には論文を読み込んでみないと分からない事が沢山あります。
ちなみに、私の大学時代の研究室のボス(教授)の論文探しのモットーは以下の3つです。
・英語論文以外はアテにするな!
・抄録(研究の要約)をアテにするな!
・図表が分かりにくい論文や図表のない論文はアテにするな!
そして最後は努力と根性!だそうです
多分、エビデンスの無い私のボスの経験則ですが苦笑
私は結構アテにしている内容です。
情報を批判的に吟味する
せっかく苦労して手に入れた情報(論文)ですが、それを批判的に吟味するとはどういう事でしょうか?
文章で説明すると堅苦しくなってしまうので、まずは私がある文献を紹介したいと思います。
その内容を踏まえて話を進めていきましょう。
ハーバード大学医学校のRobert W Yehは2018年に以下のような報告をした。
【研究の目的】
航空機から飛び降りる際に、パラシュートを使用することで重篤な外傷や死亡を防げるか調査する事。
【研究デザイン】
ランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)
【研究の設定】
2017年9月から2018年8月にかけて自家用機または民間機を利用して実験を行った。
【被験者】
18歳以上の航空機乗客92名を対象にスクリーニングを行った。23人が同意し、2群に無作為化された。
【介入方法】
航空機からパラシュートで飛び降りる場合と、中身が空っぽのバックパックを背負って飛び降りる場合に分けて介入を実施。
【評価項目】
着陸直後に測定された地面への衝突による死亡または重大な外傷性損傷の発生率。
【結果 】
パラシュートの使用による死亡または外傷の発生率は0%
パラシュート未使用による死亡または外傷の発生率は0%
両者の間に有意差は認められなかった(P>0.9)
Robert W Yeh, Linda R Valsdottir, Michael W Yeh, et al. BMJ. 2018 Dec 13;363:k5094.(論文要約)
この論文が掲載された雑誌はBritish Medical Journal:BMJ という、世界的に権威のある医学系雑誌です。
また、著者は世界最高峰の学術機関であるハーバード大学の医学大学院に所属しています。
今回の研究デザインはランダム化比較試験と呼ばれる、先ほど述べたバイアスの影響を受けにくいエビデンスレベルの高い研究デザインとなっています。
私が翻訳・要約した内容ですが、翻訳間違いはないと思ってもらって構いません。
それを踏まえて、もう一度論文の内容を確認してみて下さい。
・・・何度読み直しても、すごい内容ですよね苦笑
2018年当時ちょっとした話題になった論文なので、御存知の方も多いかと思いますが、ここで論文のタネあかしをさせてもらいたいと思います。
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そうです!、今回の研究は「地面に着陸して停止している航空機から飛び降りる」方法で行っていたのでした。
タネが分かれば何てことのないジョークなのですが、この論文自体は非常に真面目に書かれています。
きちんと論文自体を読み込めば、すぐに状況は飲み込めるはずです。
私が記載した上の論文要約は、実際の論文の抄録(abstract)を元に作成しました。
抄録とは、論文の内容から要点を書き出したものです。
抄録は要点がまとまっているので、簡潔に論文の内容を確認できますが詳細を把握するには十分ではありません。
ましてや、今回のように抄録を更に第三者が要約したものに関しては、大きなバイアスや情報の漏れが生じる可能性があります。
先ほど、私の大学時代の研究室のボスが「抄録はアテにするな!」というモットーを持っていたのは、このような理由です。
このアテにするな!という言葉、様々な情報を批判的に吟味する上で非常に重要な考え方だと私は考えています。
情報を批判的に吟味する、という事に関しては様々なチェックリスト等も報告されています。しかし、あまり小難しく考える必要はありません。
今自分が触れている情報を「鵜呑みにして良いのかな?」「アテにして良いのかな?」とちょっと立ち止まって考える事が大事だと私は考えています。
決して情報(研究の内容)を否定したり拒絶するようなものではありません。
批判的吟味は一歩引いて客観的に情報をとらえるスタンスともいえますが、距離の取り方や見え方は状況や立場により千差万別。
先日、私が筋痙攣について考える上で参考にした論文も、別の状況で異なる立場の人から見たら信頼できない情報と捉えられる事もあります。その逆もまた然りです。
この辺りは、先ほど述べたEBMの3要因に話は戻りますが、私がどのように論文を批判的に吟味しているのかは先日の筋痙攣に関する投稿などを御覧になってみて下さい。
アテにしない、という言葉が結構しっくり来ると思います苦笑
患者への適用
あとは、これまでの流れを通して得られた情報を元に、患者に対する治療方針を決定してアプローチします。
この段階に来ると、ついつい「エビデンス(研究から得られる情報)」だけを頼りに治療方針を決定してしまいがちですが、あくまでエビデンスはEBMを構成する要因の1つでしかありません。
「患者の価値観」「治療者の専門的な知識や技術」といった他の要因だけでなく、患者と治療者を取り巻く様々な状況を加味した上で、患者に対する思いやりを持った意思決定が必要になります。
私の場合は、「試合の際に筋痙攣が生じる」と相談を持ち掛けてくれたアスリートに対し、アスレティックトレーナーとしてあれこれ考え、あれこれ論文を探し、更にあれこれ考えました。
その上で、最終的に「下腿や臀部のトレーニングを取り入れる」というアプローチを適用しました。
プロセスと適用結果の評価
EBMを通して治療方針を決定した後、やりっぱなしで終わらないという事です。
今回、私は筋痙攣に対する対応を振り返りましたが、このように自分の行った対応を振り返る事で
「もう少し頑張って他の論文も探すべきだったかな」
「あ、そういえばテーピングで対応するという手もあったな」
「あの論文、もう一度読み直してみたら勘違いしていた部分があったな」
と、色々反省点が出てきます。
また、今回取り組んだアプローチが患者(アスリート)にとって価値のある効果を生じるものであったか、きちんと効果判定していく必要があります。
今回の目的は「試合の際に筋痙攣が生じる事を予防する」事なので、直接効果を判定する事は難しい面もありますが
アプローチによる副次的な効果(トレーニング導入によるフィットネスやパフォーマンスの向上)に関しては、客観的な評価を実施していきたいと考えてます。
そして、効果判定も「やりっぱなし」で終わらせずに、適宜評価内容を踏まえて介入内容を再検討していく事が重要なポイントとなります。
EBPとの向き合い方
ここまで、長々とEBMの流れを説明してきました。最初に述べたように、このような「根拠に基づいた医療」に対する考え方は他の分野でも重要になってきます。
私はアスレティックトレーナーとして「根拠に基づいた実践」に取り組みたいと思っていますが、自分が胸を張ってEBPを行えている自身はありません。
先ほど述べたように、いつも反省ばかりしています。今も安易に論文の情報を取り入れようとしてしまう事は多々あります。
特に、英語論文を読み始めた最初の頃は「論文の内容を元に対応していたら間違いない」くらいに勘違いしていました。
そこには「自分自身の力量」や「患者の価値観や背景」「エビデンス(研究)を批判的に吟味する」といった視点は欠けていました。
しかし、論文を読み込んでいくうちに何となく論文の「アテにならないな」という面に気付けるようになってきました。
結局最後は患者さん次第だという事も沢山経験してきました。
色んな事を勉強すればするほど、「分からない事」が分かってきて、自分の対応に自身が持てなくなり「こうゆう研究もあるけど、必ずしも当てはまるとは限らないもんな」と歯切れの悪い考え方しかできない時期もありました。
今は一周回って、「エビデンスはアテにならない」なんて全く考えていません「エビデンスは上手に利用するもの」という感覚でEBPに取り組んでいます。
このように自信過剰な状態から、逆に自信を無くしていく過程は、恐らく皆さん通る道なのではないでしょうか?
1つ、興味深い研究があるので紹介させて下さい。
コーネル大学の心理学部のJ KrugerとD Dunningは、1999年に以下のような報告を行った。
※この論文中では4つの実験をしており、そのうち2番目の内容(Study2)の内容を以下に要約する。
【目的】
論理的推論が苦手な人は、自分が苦手であることを自覚しているのかどうかを明らかにする
【対象】
コーネル大学の学部生45名
【方法】
被験者はLaw School Admissions Test (LSAT) テスト準備ガイドから引用した問題を用いて作成した20項目の論理的推論テストを実施した。
※Law School Admissions Test:米国で弁護士になる為の教育機関であるLaw Schoolの入試テスト
その後、被験者は「自分の論理的推論能力」「自分のテストの結果」が参加者全体の中でどの程度の位置づけなのか、100%の尺度で答えた。
参加者のデータを四分位数で4つのグループに分けて比較検討を行った。
【結果】
テストの結果が一番悪かったグループは、実際のテストの点数は100%表示で平均12%である事に対し
認知上の得点は62%・認知上の能力は68%と実際よりも過大評価していた。
一方、一番上位のグループは実際のテストの点数は100%表示で平均86%である事に対し
認知上の得点は68%・認知上の能力は74%と実際よりも過小評価していた。
J Kruger, D Dunning. Unskilled and unaware of it: how difficulties in recognizing one‘s own incompetence lead to inflated self-assessments. J Pers Soc Psychol.1999 Dec;77(6):1121-34. doi: 10.1037//0022-3514.77.6.1121.(論文要約)
この研究を踏まえると、論理的推論が苦手な者は自分の能力を課題評価し、論理的推論に長けた者は自分の能力を過小評価してしまうようです。
しかし、論理的推論に長けた者のほうが過小評価の程度は小さく、推論が苦手な者と比べ自己評価と実際の能力とのズレは小さい。
といったところでしょうか。
このD Dunningと J Kruger の研究結果を元にした、認知バイアスの事を「ダニング=クルーガー効果」と呼びます。
ダニング=クルーガー効果に関する見解は様々ありますが、私個人としては学習におけるダニング=クルーガー効果を以下のように捉えています。
ある分野について学び始めた時、知識や経験の少ない頃ほど、得られた僅かな知識や経験で「全て分かった」つもりになって自信過剰となってしまいます。
客観的に自分を認識できない、という感じでしょうか。
そこから、更に学びを深めていくうちに、「自分が分からない事」「自分が出来ない事」についても理解できるようになってきます。
古代ギリシャの哲学者のソクラテスも「無知の知」という言葉を残していますよね。
この段階まで来ると「自分は何も分かっていなかった!」とガツンと頭を叩かれてショックを受け、一端自信を失ってしまいます。
そして、そこから更に学びを深めていく事で、「分かる事/分からない事」や「できる事/できない事」と物事の多面性を知る事となります。
その上で、自信過剰でもなく自信喪失でもない正確な自己評価を行えるようになっていきます。
このダニング=クルーガーの波、私はしょっちゅう飲み込まれてきました苦笑
何なら、先日まとめた筋痙攣についての学びだって、今回改めて振り返って学びを深める事で、やっぱり分からない事ややるべき事は沢山あるなと反省させられます。
そして、このような小さいダニング=クルーガーの波だけでなく、1人の社会人として大きな波に乗っている最中です。
EBPに取り組もうとすると、正直しんどい部分もあります。
世の中の全ての論文を読み込んで、重箱の隅をつつくように批判的吟味を繰り返していては人生が何度あっても足りません。
どこかで妥協点を設けるとはいえ、やはり時間と労力が必要不可欠となってきます。
それだけ苦労して物事を学んでいくほど、自分の無知を思い知らされる事になるので、ダブルパンチを食らう事も多々あります。
時には、自分の都合の良い所で学びを止めてしまったり、学ぶ事自体を放棄して「今ある自分の知識と技術だけに頼って」しまいたくなる事もあります。
でも、そのような対応が患者(アスリート)にとってベストな選択とならない可能性が高いと私は考えています。
実際には、時間や労力の問題もあるので、常に100%EBPを遂行するなんて不可能です。
どこまでいっても終わりがないものなので、1つの事にのめり込んでしまうと精根尽きてしまいます。
ここも、上手にバランスを取らないといけないポイントです。
ただ、私はEBMに対する考え方を学んだうえで、「今の自分に出来るベストなEBPを貫こう」と思ってEBPに向き合っています。
さいごに
EBPの大まかな概念についてまとめさせて頂きました。
改めてEBPについて見直してみて「何事もバランスが大事だな」と感じました。
細かい手法などは、これから折にふれ整理していきたいと考えています。