統計 診断検査

診断検査について考える【カットオフ値・ROC曲線】

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ここ2回の投稿で、診断検査における様々な値についてまとめてきました。

診断検査について考える【感度・特異度・的中度】

診断検査について考える【尤度比・診断オッズ比】

今回は、診断検査について説明できていなかった「カットオフ値」という項目について情報を整理していきたいと思います。

今まで説明してきた検査では、結果は「陽性」か「陰性」の2分類で区別されていました。

しかし世の中の検査の中には、2分類ではなく幅のある数値で結果が出てくるものもあります。

例えば、血圧測定の結果を思い出してみて下さい。

血圧の検査結果は陽性/陰性のような形ではなく125㎜Hgといった数値で表されます。

このような検査結果をどう診断に役立ててい行くのか、今回の投稿でまとめていこうと思います。

私はPT/ATであり、医学的な診断を下せる立場ではありません。様々な検査を元に医学的な診断を下すのは医師の業務(医業)であり、PT/ATが実施できる業務ではありません。

今回の投稿は、あくあでも医師と共通言語を持ち医学的な検査に対する理解を深める為の情報整理である事を御理解下さい。


陽性/陰性で結果を表すことの出来ない検査

以前、腰椎椎間板ヘルニアの検査でstraight leg raising:SLRという検査法を御紹介したかと思います。

この検査は腰椎椎間板ヘルニアに対して実施されるだけでなく、ハムストリングス(大腿二頭筋)の筋損傷に対する検査法としても知られています。

太ももの裏側の筋肉であるハムストリングスはSLRの動作で伸長されるため、筋損傷があると痛みを生じます。

その際、痛みの有無だけでなく「痛みの生じた脚の挙上角度」が重要なポイントとなります。

SLR30°で痛みが生じた、SLR70°で痛みが生じた、といった具合です。

このように、診断検査の中には陽性/陰性の2分類で考える事のできないものも存在します

SLRの角度が大きいほど、脚が大きく挙上されてハムストリングスも引き伸ばされます。

極端な話、限界までSLRで筋を伸ばしていば、多くの人は筋の過剰な伸長によって痛みを感じるはずです。

逆に痛みの生じるSLRの角度が小さいほど、筋に対する伸長が小さいにも関わらす痛みが生じていると考えられます。

では、SLRによって痛みが生じた場合「どの角度から筋損傷だと考えられる」のでしょうか?




カットオフ値とは?

先ほど、ハムストリングスの筋損傷に対するSLRの角度について例を挙げました。

そこで、「どの角度から筋損傷だと考えられる」のか?という疑問が出てきました。

これが、カットオフ値と呼ばれる数値の区切りになります。

カットオフ値は,病態を識別するための検査・測定に用いられ,基準範囲を基本として正常とみなす範囲を決めるとき,その範囲を区切る値のことを意味します.すなわち,特定の疾患に罹患した,または罹患するリスクがあるということを分ける値です.

日本理学療法士協会.EBPT用語集.カットオフ値(2022年3月16日参照)

http://jspt.japanpt.or.jp/ebpt_glossary/japanese_syllabary.html


このカットオフ値を求めるためには、以前学んだ感度・特異度の考え方が必要となります。

感度・特異度と聞いてピンと来ない方はこちらの投稿をご覧ください。


ROC曲線

ここから、実際に感度・特異度を元にカットオフ値を求めていきたいと思います。

まずハムストリングスの筋損傷が生じている25名と筋損傷が生じていない25名を集めたと仮定しましょう。

この際、筋損傷の有無はMRI等の精密検査によって確認したとしましょう。

そして、この計50名に対してSLRテストを実施したとします。結果は以下の通りです。

グラフで示されているのは、SLRテストにおいて痛みの生じた角度毎の人数です。

次に、それぞれのSLRの値において感度・特異度を求めていきます。

便宜上、SLRの値によらず全員を陰性とする場合も検討しています。

例えば、3行目の20°をカットオフ値とした場合は「SLRが20°までに痛みが生じたら筋損傷が存在する(陽性)」と考えます。

ここでは、実際に筋損傷を有する25名のうち、10°の8人と20°の7人を加えた15名がSLRテストで陽性となります。

また、筋損傷のない25名のうち、10°の1名と20°の1名を除いた23名がSLRテストで陰性となります。

上記を元に計算すると、カットオフ20°の場合の感度は15/25=60%、特異度は23/25=92%となります。

同様に、全てのカットオフ値で感度・特異度を計算したうえで「1-特異度」の値も計算していきます。

「1-特異度」という値は、以前紹介した2×2の表を元に考えると「偽陽性になる確率」と考える事ができます。

そして、「感度」と「1-特異度」の値をプロットしていくと、以下のようなグラフが完成します。



すると上記のような曲線が描かれます。

このような曲線はReceiver operating characteristic:ROC(受信者特性動作)曲線と呼ばれます。

縦軸が感度(大きいほど良い)横軸が1-特異度(小さいほど良い)の値を表しています。

つまり、グラフ左上のポイント(感度100%,1-特異度0%)が最も優れたポイントとなります。

このROC曲線によって囲まれるグラフの面積部分をArea under the curve:AUCと言います。

このAUC面積が広いほど診断精度の高い検査と考える事ができます。

極端な話ですが、全てのポイントで感度100%、1-特異度0%となった場合、AUCは正方形となるはずです(AUC=1.0)

そして、このROC曲線を元にカットオフ値を求めていきます。

先ほど説明したように、グラフの左上のポイント(感度100%,1-特異度0%)に一番近いグラフ上のプロットを探します。

左上に近いプロットほど、感度・特異度高いと考える事ができます。今回の場合は、4つ目のプロットが最も左上に近いポイントとなります。

4つ目のプロットはSLR30°をカットオフ値としています。

つまり、SLR30°でハムストリングスの筋損傷の陽性/陰性を区別する場合が一番、感度・特異度がバランスよく高い値であり、診断精度に優れていると考えられます。

このような手順を踏んで、ROC曲線から診断検査のカットオフ値を求めていきます。

最適なカットオフ値を求める方法は、今回の様にグラフの左上のポイントからの距離を元に設定する方法に加え、「感度 から(1 – 特異度)を引いた値」を最大にする方法も存在し、Youden Indexと呼ばれています。

両手法で大きな違いはみられませんが、参考にしている研究論文や自身の使っている統計ソフトがどのような方法でカットオフ値を求めているのか確認してみると良いと思います。

今回のハムストリングス筋損傷に対するSLRテストの結果は、あくまでROC曲線を求める例として仮定したものなので、数値は適当に設定しています。

実際の臨床で活用できるデータではありませんので、御了承下さい。



カットオフ値を役立てる

ここまで、ROC曲線を元にカットオフ値を求める手順を説明してきました。

しかし、ここで忘れてはいけないのは、あくまでROC曲線は感度・特異度を元にしているという事。

ここで、先ほどの表をもう一度確認してみましょう。

今回カットオフ値と定められたSLR30°における感度は84%・特異度は76%

カットオフ値は感度・特異度の両方の値がバランスよく優れているのですが・・・なんだか中途半端な値じゃないですか?


以前の投稿感度の高い検査における陰性は除外診断に使える(SnNout)・特異度の高い検査における陽性は確定診断に使える(SpPin)という理論を説明しました。

この理論で考えると、カットオフ値30°の場合に比べ、20°の場合は特異度92%で確定診断に使いやすいし、40°の場合は感度96%と除外診断に使いやすいと考える事が出来ないでしょうか?

実際のスポーツ現場でも、私は確定診断(筋損傷の可能性を考える)を厳しく実施したい場合はSLRの角度が「カットオフ値」より小さくても陽性と判断します

頭の中「(SLRで少し筋を伸長させただけで痛みが出るなら、筋損傷があるかもしれないな)」

また、除外診断(筋損傷を否定したい)厳しく実施したい場合は、SLRの角度を「カットオフ値」より大きくとって陰性の判断を行う事があります。

頭の中「(SLRで大きく筋を伸長させても痛みが出ないなら、筋損傷はなさそうかな)」

恐らく現場でSLRテストを行う皆さんも、このように無意識にカットオフ値を微調整して判断しているのではないかと思います。

このように現場感と照らし合わせて判断する為にも、カットオフ値を元にして検査の結果を判断する際は、カットオフ値がどのように求められているのか理解する事が重要になります。

そうすれば、自然と元となる研究論文等を読んで、実際にカットオフ値における感度・特異度がどのような値をとっているか確かめたくなるはずです。

逆に、そこを疎かにしてしまい安易にカットオフ値に頼った判断をしていると、足元をすくわれる事になりかねません。


さいごに

これで、診断検査シリーズはひとまず終了です。

苦手意識のある方には、図表すら目にするのが辛い投稿が続いたかと思います苦笑

この分野は私自身ついつい疎かにしてしまいがちですが、小難しい理論背景はPT・ATとしての現場感にも繋がる部分があると再確認出来ました。

また、情報を整理する中で、私が現場で行っているのは「スクリーニング検査」である事を再確認できました。

スクリーニング検査は、あくまでも「疾患の有無の可能性を検討する」ための検査です。

何度も繰り返しになりますが、私は診断を下すことの出来る立場の人間ではありません。

だからといって安易に検査を実施したり、検査結果をもとにした安易な判断をして良いわけではありません。

正しくスクリーニング検査を実施して、適切に医療の現場に繋げられるよう、今後も勉強していきたいと思います。

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大谷 遼

東京都生まれ福井県育ち。中学から陸上競技を続け、スポーツに関わる理学療法士となる為に大学に進学し、卒業後は佐賀県の整形外科医院に勤務。 約12年間、理学療法士として医療に関わるとともに、スポーツ現場でアスレティックトレーナーとして活動してきた。 /理学療法士/修士号(医科学)/日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー/Certified Strength and Conditioning Specialist:CSCS

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