前回に引き続き、スポーツ現場におけるアクシデントの際に状況判断する為の指針となるSALTAPSについて説明していきたいと思います。
前回は最初のS(Stop=競技を止める&See=見る)について説明しましたが(詳しくはこちら)
今回は次の段階であるSALTAPSの「A」について説明してきたいと思います。
Aは「尋ねる」
では、早速SALTAPSの「A」について説明していきたいと思います。
SALTAPSの「A」についてFIFAのブックレットの中では、以下のように説明されています。
A is for Ask the player what happened and how they feel. Check facial expressions and posture (position either standing or lying down).
Katharina Grimm. Health and Fitness for the Female Football Player. P38.FIFA. 2007
AはAskの頭文字です。
そのまま翻訳すると、「Aは選手に対し何が起こったのか・今どのような感じなのか尋ねる事である。また、表情や姿勢(立っているのか倒れているのか)を確認する事である」という感じでしょうか。
具体的に言えば、選手の元に駆けつけて最初に「大丈夫ですか!?」と声をかけるような対応がA=Ask(尋ねる)というイメージになるかと思います。
では、この局面においてどのような手順を踏んで、どのような事に注意すれば良いのでしょうか?
まずは意識の確認
咄嗟のアクシデントに対応する場合、まず最初に「相手の生命に危険が及ぶ状態かどうか」を判断しなくてはいけません。
こういった観点から、まずSALTAPSのS=See(見る)の段階で、大出血や骨折(変形)がないか大まかに傷病者の観察を行っているはずです。
その上でA=Askで声掛けをする場合、まずは「意識障害の確認」が必要となります。
日本赤十字社では、次のような意識の確認方法が紹介されています。
○耳元で大きな声をかけます。
赤十字救急法基礎講習教本, 第6版. p13. 日本赤十字社. 2017年
○軽く肩を叩きます。乳児の場合は足の裏を叩きます。
明らかに意識がはっきりしている場合は大丈夫ですが、傷病者が倒れている場合など意識障害が疑われる際は「大丈夫ですか!?」と声をかけながら、肩を叩いて刺激を加えます。
この際、注意しないといけないのは「刺激は両側から加える事」と「身体を揺らし過ぎない事」です。
もし、相手が脳に障害を負って麻痺等が生じていた場合「片側の感覚が失われている」可能性があります。
もし傷病者が刺激に反応できるだけの意識を保っていたとしても、感覚が失われているせいで刺激自体に気付けなかった。
なんて事にならないように、特に肩への刺激は両側行うように気を付けましょう。
また、意識を確認しようと一生懸命になるばかりに、ついつい肩を叩く力が強くなってしまうと、傷病者の身体が大きく揺さぶられてしまい、頭頚部をはじめ、身体に余計な負荷を加えてしまうので注意が必要です。
基本的には、声掛けに対して受け答えできる意識状態から、意識障害が進むと
→意識が清明でない(ボーッとしている)状態
→声掛けに反応しないが、刺激(痛み)に反応する状態
→痛み刺激にも反応しない状態
という具合に意識が低下していきます。(必ずしも上記の流れであるとは限りません)
そこで、意識障害の評価スケールとしてJapan Coma Scale:JCSと呼ばれる指標があります。
医療従事者でないかぎり、この表を覚える必要はないと思いますが、大まかな区分である
Ⅰ. 刺激しないでも覚醒している状態
Ⅱ. 刺激すると覚醒する状態
Ⅲ. 刺激をしても覚醒しない状態
という意識障害の段階を理解しておくと、救急車を呼ぶ際などに傷病者の状態を説明する助けとなるかもしれません。
表情の確認
傷病者の表情を確認することで、何が分かるのでしょうか?
まず、いわゆる顔色を確認してみましょう。
前回の投稿で、大出血にともなうショックと呼ばれる状態について少し説明しました。このような出血時に加え、心臓の機能が低下した際にも血圧が低下してしまい顔面蒼白となります。
また、呼吸困難等により、血中の酸素濃度が低下すると、皮膚や粘膜が青紫色(青黒色)になります。このような状態をチアノーゼといい、特に指先(爪)や唇の色の変化が生じる事が多いです。
さらに、目の状態を確認する事も重要です。
いわゆる、眼の「ひとみ」と呼ばれる黒目の部分(瞳孔)の状態を確認してみます。
黒目の部分が明らかに小さい/大きい・左右差があるという場合は、脳の異常が疑われます。
また、上の図の様に傷病者の意志と無関係に眼球が動いて瞳の位置が片寄っている場合(共同偏視)も脳の異常が疑われます。
さらに、脳卒中など脳の異常によって顔の表情筋が上手く動かせなくなる事があります。
このような場合は、顔面の歪みが生じたり、「イー」ッと歯を見せる様に笑顔を作ろうとしても表情が歪んでしまいます。
上の図の場合は、右側の顔面が麻痺しています。
その他の状態確認
SALTAPSのAの説明を元に考えると、ここまでの内容が医学的な知識や技術を有さない方が「生命の危険の有無を把握する為のA=Ask」の大まかな内容になるかと思います。
しかし、生命の危険の有無を把握するためには、この段階でもう少し確認すべき事があると私は考えます。
日本赤十字社の救急法では、まず最初に実施する傷病者の観察において、上で説明したような内容に加え「呼吸」「脈拍」「手足を動かせるか」という項目が紹介されています。
また「手足をうごかせるか」確認することで、脳や脊髄の損傷に伴う麻痺の可能性を考慮する事が出来ます。
ただ、最初の段階では傷病者がどのような傷害を負っているのか分からないので、あまり大きな動作をさせると状態を悪化させてしまいます。
まず救助者の指を「手で握らせて」みたり、「肘のみ曲げ伸ばし」「足のつま先の上げ下げ」といった小さな動作で麻痺の有無を確認していきます。
確認は迅速に!
ここまでの評価内容は「生命の危険の有無を把握」する事が一番の目的です。
もしもの場合は、迅速に一次救命処置(心肺蘇生)を実施しなくてはいけない可能性もあります。
そのような状態で、もたもた呼吸数を数えたり脈拍数をとっている時間はありません。
日本赤十字社の一次救命処置においては、最初の意識の確認の時点で問題があれば、すぐに応援者を呼んだ後「呼吸の有無を確認」します。
細かい呼吸数や脈拍数を確認する事は、普段から確認を行っていないと医療従事者でも急に確認しようとすると焦る事もあります。
これらの項目は、あくまで余裕のある状況で確認すべき内容だと頭においておきましょう。
より詳しく尋ねる
ここまで、特にスポーツ現場におけるアクシデントに対する初期対応としてSALTAPSのA=Ask(尋ねる)に関して説明してきました。
前の段落で述べたように、初期対応では生命に関わる問題に対応する事が一番の目的なので、必要最低限の確認を迅速に実施する必要があります。
医療従事者ではない一般の方が現場で対応する分には、ここまでで十分かもしれません。
しかし、医療資格(PT)を背景に持つアスレティックトレーナとして、もし私が現場でA=askを実施するとしたら・・・
生命の危険がないと判断できるくらい現場の状況に余裕があれば、選手に対してもう少し詳しい問いかけをするかもしれません。
痛みのOPQRST
スポーツ現場でアクシデントが生じた際、命の危険がないのであれば、多くのケースでは「スポーツ外傷」が発生しているのだと思われます。
いわゆる、どこか怪我をして痛めている。という場合、選手(傷病者)に対して「大丈夫ですか!?」と意識を確認するだけでは不十分です。
だいたい選手の意識はしっかりしているので、痛みの状態を更に詳しく聞き取る必要があります。
その際に、情報を漏れなく聞き取る為にOPQRSTという言葉を覚えておくと、いざという時の助けとなります。
痛みの原因となるアクシデントがどのように生じたのか(Onset:発生様式)は、前回の投稿で説明した受傷機転(mechanism of injury:MOI)を確認する事と同義です。
痛みが、どのような状況で強くなったり弱くなるのか(Palliative/Provocative:寛解・増悪)知る事で、痛みの発生するメカニズムを推測する事が出来ます。
どのような痛みなのか(Quality:性質)刺すような痛みなのか?焼けるような痛みなのか?うずくような痛みなのか?痺れを伴う痛みなのか?痛みの性質から痛みの原因を検討出来ます。
痛みの部位や、どれくらいの範囲の痛みなのか(Region/Radiation:場所・放散)更に、痛み自体の重篤度(Severity:強さ)も重要な情報です。
これらの状況が、どのような時間経過をたどっているのか?現時点でどのような状況なのか?(Time course:時間経過)を整理しなくてはいけません。
散々話を聞いた上で、最後に「2カ月前の話で、今は問題ありません」なんて言われる事もよくある話です。(現時点で症状がないからといって軽視して良いわけではありません)
余談ですが、私はOPRSTを覚える時に「O+心電図のPQRST波」という覚え方をしました。
心電図に関する知識の無い方にはピンと来ないかもしれませんが、ご参考までに笑
意識障害はAIUEO TIPS
SALTAPSのA=Askでは、意識障害の有無を確認します。ここで、意識障害が生じていた場合は救急車を呼んだり、一次救命処置を実施するなど迅速な対応が必要です。
ただ、現場に余裕がある場合「意識障害の原因を探る」事も必要です。もちろん、ここから先は医学的な知識が必要となりますが、「一般の方は無縁」という訳でもありません。
本人が意識障害に陥っている場合、知り合いなど第三者から得られる情報が治療の助けとなるケースが多々存在します。
ではそこを念頭に、意識障害の原因をまとめた言葉である「AIUEO TIPS」を紹介したいと思います。
もちろん、それぞれの項目において「何故、意識障害が引き起こされるのか?」という背景を理解する事は大切です。
ただ、医療従事者でもない限りは「こんな事が原因で意識障害が起こるんだ。へえ~」と頭の片隅に置いておくだけで十分だと思います。
例えば低血糖による意識障害は、糖尿病の治療歴や当日の食事の状況などから推察できる可能性が高いので、本人が意識障害に陥っていたとしても、周囲の人間から情報が得られる事で治療の助けとなる事もあります。
Ask(尋ねる)から問診へのバランス
痛みのOPQRSTやAIUEO TIPSまで確認する事は、医師など医療従事者が患者の情報を得るために行う問診の領域になってきます。
もちろん、一般の方がこれらの細かな知識を知っていなくてはいけない。なんて事は私は考えていません。
一般の方は、前半で説明したSALTAPSのA=Askで傷病者の意識を確認するだけで十分かと思います。
後半の内容は、あくまで自分自身がアスレティックトレーナーとして現場に関わる上で必要だと思い、情報を整理してみました。
特に、本来SALTAPSが必要とされる「スポーツ現場でアクシデントが生じた」際には迅速な対応が求められます。
例え選手の生命に関わる問題がなさそうだとしても、事細かに選手から話を聞いて時間がかかり、競技運営や救護活動そのものを妨げてしまうかもしれません。
かといって、中途半端な情報収集だけで判断してしまい、後になって「あの時、本人から話を聞いておくべきだった」と反省する事も多々あります。
与えられた状況に応じて、実施する問診内容は常に変化しますが、とっさに焦らない様に「ある程度の型」は持っておかないといけないな。と個人的には考えています。
その上で、参考になる語呂合わせはOPQRSTやAIUEO TIPS以外にも沢山ありますので、興味のある方は御自分で勉強してみて下さい。
さいごに
今回はSALTAPS2つ目の投稿ですが、2つ目までしか進みませんでした苦笑
このままのペースだと、あと5回くらいかかりそうですが、気長に続けてみようと思います。