今回も引き続き、スポーツ現場におけるアクシデントに対応する際の手順をまとめたSALTAPSに関する投稿となります。
・S=See&Stop(見て止める)
・A=Ask(尋ねる)
と、ここまで内容をまとめてきました。
今回はSALTAPSの3番目「L」について情報を整理していきたいと思います。
Lは「視る」
SALTAPSの「L」について、まずはFIFAのブックレットでどのように説明されているのか?確認してみましょう。
L is for Look at injured limbs for obvious signs of injury : bleeding, bruising, swelling, deformity.
Katharina Grimm. Health and Fitness for the Female Football Player. P38.FIFA. 2007
Take the player off if there are significant signs of injury.
LはLookの頭文字です。
そのまま直訳すると、「Lは負傷した手足を視て、明らかな傷害の徴候(出血・打撲・腫れ・変形)がないか確認し、重大な傷害の徴候がある場合は競技者を休ませる事」という感じになるかと思います。
明らかな傷害の徴候
SALTAPSのLに至るまでの段階で「全身を大まかに見る」事により、大出血など生命に関わる異常を確認はしているはずです。
そして、更にA=Ask(尋ねる)により、傷病者本人や周囲の人間から情報を得ていく中で「この部位を怪我したのではないか」と、問題となる部位の予想を立てる事が出来ているはずです。
・転んで肩ぶつけて、痛めたのかな?
・膝にタックルを受けて、痛めたのかな?
・ジャンプの着地で足首を捻ったかな?
と、損傷部位の目途がついたら、その部位を詳しく見ていきます。
SALTAPSでは、ここで確認する項目として「出血・打撲・腫れ・変形」という4つのポイントが挙げられています。
また、日本赤十字社の救急法講習では「傷(きず)」「骨折」といった目で見て確認できる怪我についても紹介されています。
以下で、もう少し詳しく説明していきたいと思います。
開放性の傷の確認
まず出血が生じる場合、皮膚や粘膜が損傷している開放性の傷が目に見えて分かりやすいかと思います。
開放性の傷に関しては、日本赤十字社の救急法講習で以下のように説明されています。
切りきず(切創)
赤十字救急法基礎講習教本, 第6版. p36. 日本赤十字社. 2017年
きず口が大きく出血が多い場合には、医師による縫合処置を要する。きず口の先の感覚に異常がある場合は、神経を損傷している危険性がある。
刺しきず(刺傷)
赤十字救急法基礎講習教本, 第6版. p36. 日本赤十字社. 2017年
きず口は小さくても深くまで達していることがある。その場合、感染を起こしやすく、胸・腹壁の刺しきずでは内臓を損傷している恐れもある。
すりきず(擦過傷)
赤十字救急法基礎講習教本, 第6版. p36. 日本赤十字社. 2017年
皮膚をこすったきずで、出血や痛みがあり、きずの範囲が広く感染も起こしやすい。
他にも、開放性の傷には種類がありますが注意が必要なのが、動物に咬まれた際に生じる「咬傷」です。
動物というと犬・猫などを思い浮かべるかもしれませんが、私達人間自身も立派な動物です。
アメリカにおける小児の交渉では、人間の咬傷の10%において感染が生じたという報告もあります。
(Fernando J Bula-Rudas, Jessica L Olcott. Pediatr Rev. 2018 Oct;39(10):490-500.)
特に握りこぶしが歯に当たって損傷するようば場面(手の咬傷)では、さらに感染率が高くなり28%の確率で感染が生じるとも言われています。
(水大介.Emergency Care.vol.28 no.7.p73.2015.)
SALTAPSは、あくまでも状況判断の手順を示したものなので、実際の応急処置の方法に関する説明は今回割愛しますが、まず傷の種類を確認する事で、止血などの応急処置の方法も変わってきます。
例えば、刺しきず(刺傷)の場合、傷口に刺さっている物(ナイフなど鋭利な物)を抜いてしまいたくなりますが、安易に傷口に刺さっている物を抜いてしまうと傷口から大出血してしまう可能性があるので、基本的に刺さっている物を残したまま、圧迫止血します。
また骨折部が皮膚を突き破った開放性骨折の場合も、誤った手当や搬送によって損傷部位の状態が悪化してしまう可能性があります。
このように応急処置としての止血法や固定方法を謝らない為にも、まず傷の状態を目で見て確認する事が重要となります。
非開放性の傷の確認
皮膚や粘膜が損傷していない非開放性の傷には、軽度の熱傷・打撲・捻挫・骨折・凍傷などがあります。
皮膚の損傷がなくても、内部の組織が損傷している場合「腫れ」や「内出血」「発赤」という特徴が見受けられます。
上の写真は、第五中足骨という足の甲の骨を骨折した患者の状態を示しています。足の甲、特に小指側が赤く腫れあがっているのが目に見えて分かるかと思います。
また、骨折時には骨が変形している事もあります。
手をついて転んだ際などに前腕の橈骨(とうこつ)が骨折した場合、手首の所がフォークの柄の部分のように曲がって変形してしまう事があります。
このように、骨折の際には目に見えて四肢が変形することがあります。
骨折したとしても、すぐに出血や腫れが強くなるわけではないので、例え最初に目で見て確認したときに出血や腫れが無くても、怪我をしてない側と比べて「何かおかしいな」と感じたら注意が必要です。
重大な傷害の徴候
SALTAPSにおけるL=Lookの説明では「重大な傷害の徴候があった場合には競技者を休ませる」とあります。
今までの投稿や今回の内容では、意識障害・大出血・骨折など「これは危険だ!」と一目見て分かるケースを多く紹介してきました。
しかし、中には「知らないと危険だと気付けない徴候」も存在します。
もちろん、今回紹介する内容が全てではありませんが幾つか御紹介させていただきます。
こんな鼻血に要注意!
鼻血も立派な出血なので、もちろん圧迫止血等の応急処置を行う必要があります。
ちなみに、鼻の穴の中にティッシュを詰め込んで止血する方法では、粘膜が乾燥してしまい、ティッシュを取り出す際に粘膜が破れて再出血してしまいます。
また、頭を上に向ける人も時折いますが、これも出血した血を誤飲してしまうのでよろしくありません。
鼻腔口から1cmほどのところで動静脈が入り混じり、Kiesselbach(キーゼルバッハ)部位と呼ばれます。ここは毛細血管が密集しているので鼻出血を生じやすい場所です。
この部分を圧迫しながら10分程度安静にするのが、正しい鼻出血に対する止血法です。
しかし、この際に「鼻出血の性状」に注意する必要があります。
鼻出血に混じって、サラサラとした性状の液体が一緒に流れ出て来る場合があります。
このような場合、鼻出血によって二重のシミが作られます。(double ring sign / halo sign)
このような場合、鼻出血に混じって脳髄液が漏れ出ている可能性があります。つまり頭蓋底骨折などが疑われる非常に危険な状態という事です。
また頭蓋底骨折の徴候として、他にも耳介の後ろに見られる内出血班(Battle sign)や目の周りに内出血班が生じアライグマの様な見た目になる(Raccoon eyes)や耳の奥での出血(鼓室内出血)が挙げられます。
上記イラストは、ある文献からの引用です。この文献内では、上記身体所見の診断精度に関しても言及されています。
バージニア大学のJoshua S Easterらは、2015年当時に得られた5つの先行研究を元にして頭蓋底骨折の身体所見が頭蓋底骨折に対してどれくらいの感度・特異度・尤度比を有しているのかsystematicreviewの中で以下のように報告した。
Easter, Jason S Haukoos, William P Meehan,et al. Will Neuroimaging Reveal a Severe Intracranial Injury in This Adult With Minor Head Trauma?: The Rational Clinical Examination Systematic Review. JAMA. 2015 Dec 22-29;314(24):2672-81.
感度・特異度・尤度比に関しては、以前の投稿にまとめているので説明は割愛します(【感度・特異度・的中度】 ・ 【尤度比・診断オッズ比】)
結果を視る限りは、頭蓋底骨折の身体所見は確定診断(Rule in)には有用だが、除外診断(Rule out)には有効ではなさそうです。
上記を踏まえ、頭蓋底骨折を疑う身体所見が確認出来た際には、医学的な処置が必要であり救急搬送を視野に入れた対応が必要だと私は考えます。
逆に頭蓋底骨折が疑われ場面(転倒・転落など)において、上記の所見が確認できなかったからといって頭蓋底骨折の可能性を否定できる訳ではない。と頭に置いておかなくてはいけません。
「見る」と「観る」と「視る」と「診る」
ここまで、SALTAPSのL=Look(視る)に関して説明してきました。
最後に、少し細かい話をさせて下さい。
SALTAPSのSでは、S=See(見る)という説明をしてきました。このSee(見る)とLook(視る)は同じ「みる」という言葉ですが、何が違うのでしょうか?
以下、英語や日本語の単語の意味について言及していきます。いくつかのサイトを参考にしましたが辞書等で細かい意味を調べたけではありません。また私は英語や日本語の専門家ではないので、あくまで大谷個人の見解として読み進めてもらえると幸いです。
「みる」という意味の英単語は「watch・look・see」などいくつかありますが、その使い分けとして以下のように説明がありました。
最初のS=Seeの見るは、競技中の会場を見渡して「何かアクシデントが生じないか」と待ち構えている状態です。
危険のありそうな部分に注視しているかもしれませんが、ある程度全体を見渡している状態なので、集中力も分散させていると言えます。
日本語の「見る」は、意味に幅のある言葉ですが、このSeeと対応させてみると「観る」という表現の方が適切かもしれません。
観るは、映画や芝居、スポーツなどを観賞することや、観光など周囲を見渡す場合に用いる。
「見る」「観る」「視る」「診る」「看る」違いがわかる事典(2022年4月6日参照)
https://chigai-allguide.com/cw0502/
ちなみに、私の所属する日本陸上競技連盟のトレーナー部における救護活動においても「観察」が大きな役割の1つとして挙げられています。
そして、Lookでは問題のありそうな部位を詳しく見ていく事になります。この場合、「見る」や「観る」ではなく「視る」が適切だと私は考えました。
視るは、「被災地を視る」のように、調査や視察することの意味で使う
「見る」「観る」「視る」「診る」「看る」違いがわかる事典(2022年4月6日参照)
https://chigai-allguide.com/cw0502/
SALTAPSのL=Lookは、あくまでも医学的な知識技術を有さないスポーツ現場の人間が判断する為の手順なので、Look(視る)までで十分だと思います。
しかし、みるには「診る」という言葉もあります。
診るは、「脈を診る」「医者に診てもらう」のように、病状や健康状態を調べる意味で使う。
「見る」「観る」「視る」「診る」「看る」違いがわかる事典(2022年4月6日参照)
https://chigai-allguide.com/cw0502/
医学用語の中には、病態を判断する為の情報を目で見て得る手段である「視診」という言葉があります。ちなみに英語ではInspectionと表記します。
今回の投稿で紹介した頭蓋底骨折の身体所見に関する情報は、視診の領域に入ってくるかもしれません。
一般の方は、その手前の情報までで十分かもしれませんが、少なくとも理学療法士という医療従事者の資格背景を持つATとして、私自身は「観る・視る」だけでなく、医学的な知識を元にした「視診」の領域についても勉強しなくてはいけないと思っています。
しかし、自分自身は「診断を下すことの出来る立場ではない」事を忘れずに、これらの情報を上手に利用しながら現場での判断に繋げたいと考えています。
このように自分の立場と役割を見誤らない為に、少し言葉の表記と意味についてまとめてみました。
さいごに
SALTAPSは、あくまで救急現場における応急処置の前段階の状況判断の手順です。
実際の応急処置の方法論を知りたい方も多いかもしれませんが、私自身は「まず状況を判断できる事」が重要だと思っています。
いわゆるハウツーではない内容なので地味かもしれませんが、今後も無理ないペースで書き連ねていこうと思います。