SALTAPS 応急手当

SALTAPSで考えよう!その4【スポーツ現場のアクシデント】

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今回も引き続き、スポーツ現場におけるアクシデントに対応する際の手順をまとめたSALTAPSに関する投稿となります。

S=See&Stop(見て止める)
A=Ask(尋ねる)
L =Look(視る)

と、ここまで内容をまとめてきました。

今回はSALTAPSの4番目「T」について情報を整理していきたいと思います。

Tは「触る」

FIFAホームページ
https://www.fifa.com/fr/development/medical/players-health/football-injuries/first-aid/saltaps.htmlより(2022年2月27日リンク切れ)

今までの投稿と同じように、まずはSALTAPSの「T」についてFIFAのブックレットの内容を確認してみましょう。

T is for Touch the injured site if the player will let you. Gently palpate to find source of pain. If you are unsure, don’t touch or move the limb until a qualified person can assess the player.

Katharina Grimm. Health and Fitness for the Female Football Player. P38.FIFA. 2007


Tは「Touch」の頭文字です。

直訳すると、「Tは、(もし選手が許すのであれば)痛めた部位に触れてみる事である。痛みの原因を探す為に優しく触れなさい。もし不安があるのであれば、有資格者が選手を評価するまで手足に触れたり動かしてはいけない」という感じです。

ただ、上記説明でも「不安があれば有資格者が評価するまで触れない」と明記されているように「痛めた部位に触れる」事は様々なリスクも含んでいます。

詳しくは後述しますが、あくまでもSALTAPSは「選手を競技に戻して良いか」状況を判断する為の手順であり「先の段階で問題があれば、そこで評価を終えて選手を競技に戻さない」という流れになります。

S=(見て止める)で明らかに危険な受傷機転(頭頚部に負荷が加わるような転倒・転落・大出血を伴う外傷など)だった場合

A=(尋ねる)で意識障害の可能性が考えられた場合

L =(視る)で出血・腫れ・骨折(変形)などが確認できた場合

このように「明らかに問題がある」と分かった時点で、一般の方は無理に選手に触れる必要はないと思います。(止血等の応急処置として選手に触れるのは別の話です)速やかに選手を安全な場所に移して応急処置を実施する為に「評価を続けている場合ではなく」次に行動を移す必要があります。

逆にSALTAPSのS・A・L の評価を行っても大きな問題がなく、「う~ん。このまま競技に戻れそうだけど、大丈夫かな?」と悩むような場合は、まだ判断の決め手に欠けている状態です。

更に詳しく選手の状態をチェックする必要があるので「触って痛みが出ないか確認してみる」というイメージを持っていただければ良いと思います。

しかし、SALTAPSのT以降の手順では選手に触れる事となるので、「決して無理をしない」事も忘れないで頂きたいと思います。

ではT=「触れる」上で注意すべきリスクについて、ここから説明していきたいと思います。


感染予防

FIFAホームページ
https://www.fifa.com/fr/development/medical/players-health/football-injuries/first-aid/saltaps.htmlより(2022年2月27日リンク切れ)を一部加工

先ほどの写真では、選手をチェックするメディカルスタッフと思われる左側の男性の右手に「ゴム手袋」がはめられている事が分かるかと思います。

これは、感染予防の為の個人用防護具です。本来であればメディカルスタッフは両手ともゴム手袋をはめて欲しい所ですし、もし私なら右側の男性(コーチ?)が選手に触れないように注意していたと思います。

2022年現在のコロナ禍において、マスクをしていない運動中の選手に近づく事自体、感染のリスクがあるので「マスクをしていないじゃないか!」という指摘もあるかと思います。(ちなみに上記写真はコロナ禍以前のものです)

おそらく、現在のスポーツ現場において「周囲の人間がマスクをしていない」という場面は多くないと思います。

しかし、「怪我をした選手に触れる時にゴム手袋をしなくてはいけない」という考えは一般的ではないと思います。

なぜ、怪我をした選手に直接触れてはいけないのでしょうか?

そこを理解する為には、スポーツ現場における外傷にともなう「血液感染」という観点を持つ事が非常に重要となります。


血液を介する感染

スポーツ現場におけるアクシデント、特に外傷発生時には選手が出血している場合もあります。

このような場合に選手の血液に直接触れてしまう事で、血液を介して感染が生じてしまう可能性があります。

細かい感染症の内容は割愛しますが、ここで大事なのは「選手は、自分が気づいていないだけで感染症を有している可能性がある」という事。

いくらA=Ask(尋ねる)で病歴の確認をしていたとしても、本人が気づかぬうちに感染症にかかっている場合を考えると、常に血液感染の可能性を踏まえて予防を実施する必要があります。

山本保博 監. 止血の方法. p22. はーそん書房. 2019年

台所にあるようなゴム手袋が最も適切ですが、スポーツ現場において準備が出来ない場合もあるかと思います。

そのような場合は、スーパーのレジ袋でも代用できます。あまりに汚いものはよくありませんが、傷口を直接触るわけではなく「あくまでも血液の付着を防ぐ為」の防護具として使用します。

ただ、レジ袋が破けていたり穴が開いていると意味はありません。同様に、軍手などの血液がしみ込んでしまう材質の手袋も感染予防の観点では不適切ですので、可能な限り「血液を通さない」素材の物を選択しましょう。

標準予防策ってなんだろう? Part 2. 自衛隊横須賀病院(2022年4月10日参照)
https://www.mod.go.jp/msdf/yhl/download/ict/002.pdf


また使用したゴム手袋を外す際に付着物を周囲に移さない為、上記の様にゴム手袋の表面を触らないよに注意しながら外します。


山本保博 監. 止血の方法. p22. はーそん書房. 2019年

衣服への血液等の付着を防ぐために、写真のようなエプロンのような物が準備出来れば良いのですが、スポーツ現場では難しい場合が多いかと思います。

しかし、もし可能であれば眼鏡・ゴーグル等で目を保護する事は大切です。


ここで、私の失敗談を1つ紹介させて下さい。

転んで手から出血した選手の応急処置をしている最中、傷口を流水で洗った後の事です。

圧迫止血で傷口の出血が落ち着き、患部に保護シートを張り付けようと私は一端手を放しました。

なんと!その時、怪我をした選手が流水で濡れていた手先の水を切ろうとして「手をブンブン振り出しました」

イメージ図
ASOPPA(https://asoppa.com/asopparecipe/makes/6953589/)より

大谷「やめてぇ~!!」という言葉をかける間もなく、洗浄の際に使った水と共に手先についていた血液も「ピッピッピッ」と飛び散ってしまいました。

私自身は眼鏡やマスクで保護をしていましたが、衣服には選手の血液が付着してしまいました。幸い周囲には他に人がいなかったので、事なきを得ましたが・・・

もし眼鏡をしていなくて目に血液が飛んできていたら」という恐怖と共に

選手自身にも血液感染のリスクを十分に説明すべきだった」と猛烈に反省しました。

選手は「ちょっと血が出たくらい平気ですよ」と強気でいる事が多く、頼もしい限りです。しかし、ともすれば自分の出血(血液)に関して無頓着な場合があります。

私のような失敗を犯さないよう、皆さんはキチンとした知識を元に選手に説明と注意をして下さい。


ゴム手袋の二重装着

手袋の二重装着. Ansell(2022年4月10日参照)
https://www.ansell.com/jp/ja/medical/services/ansellcares/clinical-evidence/double-gloving


ゴム手袋の感染予防を更に高める方法として、「手袋を二重にはめる」という方法があります。

一枚だけ装着していると、気付かないうちに破けたり小さな穴があいてしまう事があります。ゴム手袋を二重にはめる事で、このような事態を防ぐことが可能となります。

ここで、ゴム手袋の二重装着の効果を調べた研究があるので紹介させて頂きたいと思います。

ジョージア州立大学のLisa M. Casanovaは2012年に、次のような報告をした。

18名の医療従事者を対象に、個人用防護具(ガウン、N95マスク、ゴーグル、ラテックス手袋)を着用した状態で無害なバクテリア(MS2)を付着させた。

更に、その状態で作業をさせた後に個人用防護具を被験者が自分で脱ぎ、身体にバクテリアが付着しているかどうかチェックした。

上記プロトコルを「手袋1枚のみ / 手袋の二重装着」の二条件で実施し、それぞれの結果を比較検討した。

実験の結果、手袋を1枚のみ装着した場合は18人中14名が手にバクテリアが付着したが、二重装着した場合は18人中5人が手にバクテリアが付着しており、有意差が認められた(P=0.007 Fisher's exact test)

Lisa M. Casanova, William A. Rutala, David J. Weber, et al. Effect of single- versus double-gloving on virus transfer to health care workers’ skin and clothing during removal of personal protective equipment. American Journal of Infection Control 40 (2012) 369-74.(論文要約の上、結果の一部を抜粋)


また、英国にあるコクランという非営利団体のまとめた医療専門分野のデータベースであるコクランライブラリー(Cochrane Library)は、上記Lisa M. Casanovaの論文を含む感染予防の為の防護具に関する論文のレビューを報告している。

コクランワークレビューグループのJos H Verbeekらは、2020年に以下の様な報告をしている。

2020年3月20日時点で得られた24の研究論文のうち、手袋の二重装着に関する2つの論文のデータをまとめて、リスク比を求めた。

その結果、手袋の二重装着によって感染のリスク比は0.34(95% 信頼区間 0.17-0.66)と求められた。

Jos H Verbeek, Blair Rajamaki, Sharea Ijaz, et al. Personal protective equipment for preventing highly infectious diseases due to exposure to contaminated body fluids in healthcare staff. Cochrane Database Syst Rev . 2020 May 15;5(5):CD011621.(論文要約の上、結果の一部を抜粋)

今回の結果におけるリスク比とは、二重手袋のグループにバクテリアが付着する発生割合と手袋一枚のグループにバクテリアが付着する発生割合の比の事です。

二重手袋の方が、バクテリアの付着する(感染)リスクが0.34倍になる。と考える事ができます。

上記の研究内容から、ゴム手袋を二重に装着する事で感染を予防する効果はありそう。と考える事は出来そうですが、それ以上に私は「例えゴム手袋を二重に装着しても感染の可能性がある」事が重要だと読み取りました。

たとえゴム手袋を二重にはめたとしても、作業や防護具の着脱でバクテリアは手指に付着してしまいます。

またコクランレビューではガウンやマスクなど他の防護具の効果も検証されていますが、どれも完全に感染のリスクを無くすことが出来るものではありません

やはり、感染予防に関しては細心の注意を払う必要があるのだと思います。

ここまで、患部に触れる(T=Touch)前に考慮すべき血液感染の予防について説明してきました。

SALTAPSの評価の流れで外傷による傷と出血が確認できているのであれば、この時点で「応急処置の止血のために傷口に触れる」必要が出てきます。

また、頭部の外傷など「パッと見、出血に気付けない」場合に、感染予防をせずに選手に触ってしまい血液感染してしまう可能性もありますので、くれぐれもご注意ください。



患部に触れる

では、ここで話を元に戻しましょう。

SALTAPSの流れで「応急処置以外に」患部に触れる必要があるとしたら、どんな場合だったでしょうか?

S(見て止める)A(尋ねる)L(視る) の評価を行っても大きな問題がなく、「う~ん。このまま競技に戻れそうだけど、大丈夫かな?」と悩むような場合だったかと思います。

このような場合に、痛めたと思われる部位を「触って痛みが出ないか確認してみる」という流れになります。

FIFAのブックレットでは、「Gently palpate(優しく触れる)」とあります。

例えば、サッカーの試合中に転んで膝を地面に打ちつけたと選手が訴えたとします。目で見て明らかな変形(骨折)や腫れがなく、選手本人は「試合に戻りたい」という状況。

「試合に戻して良いか判断する為に」痛めたと思われる膝の周辺を触っていくのですが、もちろん最初は優しく触っていく必要があります。

見た目では分からない骨折等があった場合は、ほんの小さな力でも強い痛みが生じてしまうし、下手をすると患部の状態を悪化させてしまいます

ただ、あまりに優しくなでる様に触ってしまうと「本当は怪我をしているのに、痛みが出ないので大丈夫だと判断してしまう」可能性もあります。

最初は優しく触れていきますが、少しづつ力を加えていく事も必要です。

くれずれも「痛みが出ないか確認する事」が目的で「痛みを出すことが目的ではない」事を忘れてはいけません。

急なアクシデントに遭遇し、焦って知らぬ間に強い力が入ってしまうかもしれないので「まず最初に怪我をしていない側の手足に触れて力具合を確認する」事も大切です。(選手も安心します)

医学的な触診

痛みの原因を探るために患部を触れてチェックしようとするには医学的な知識や技術が必要となってきます。

最初の説明にあるように、自分の知識や技術に不安がある場合は速やかに医療従事者を呼んだり、医療機関に選手を搬送する事が必要になるかと思います。

ちなみに、医学的な評価の方法の1つに「触診」というものがあります。

「とりあえず膝を触ろう」と大雑把に触れるのではなく

「膝蓋骨に痛みは無いかな?」
「内側広筋の付着部に痛みは無いかな?」「外側側副靭帯に痛みはないかな?」
「大腿神経の領域の感覚はどうかな」

骨・筋・靭帯・腱・神経等を細かく確認していきます。

押さえて痛みが生じるか「圧痛(Tenderness)」を確認するだけでなく

脈拍(手先まで血液が循環しているか)

熱感(炎症によって熱を帯びていないか)

組織の固さ(腫れ等を押した際の手応え)

陥凹の有無(腱や筋が断裂し凹んでいるか)

感覚(触った感覚を相手が感じるか?痺れなど異常な感覚はないか?)

叩打(骨や神経を叩いて症状がでるか)

その他もろもろ、手で触るだけでも色んな情報を得る事が出来ます。

もちろん一般の方にここまで求める事はありあせんが、医療従事者やスポーツ現場でメディカルスタッフとして対応するのであれば、理解しておかなくてはいけない内容だと思います。

触診に関しても、文章をまとめると終わらなくなるので苦笑

また別の機会にまとめてみたいと思います。


今回止血の方法に関しては以下の書籍の内容を引用・参考にさせて頂きました。

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さいごに

SALTAPSもようやく折り返しを過ぎました。

内容自体は重要な内容ですが、先が見えると少し気楽になってきました笑

この勢いで残りの内容は書き連ねていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

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大谷 遼

東京都生まれ福井県育ち。中学から陸上競技を続け、スポーツに関わる理学療法士となる為に大学に進学し、卒業後は佐賀県の整形外科医院に勤務。 約12年間、理学療法士として医療に関わるとともに、スポーツ現場でアスレティックトレーナーとして活動してきた。 /理学療法士/修士号(医科学)/日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー/Certified Strength and Conditioning Specialist:CSCS

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